2009年8月 2日 (日曜日)

株券

株券
荷物を整理していると昔の資料が出てくる出てくる(^_^;

この株券は昭和10年の一株20円のもの
この会社は日東製氷といって、先代の萬次郎祖父様の会社

当時は頭山満先生にお世話になり、ずいぶんと大きく仕事をさせていただいていたようです。

下のボロボロの紙は大正9年に萬次郎祖父様が資本金300万円という現在の価値としては300億円!の会社を設立するための発起趣意書w(゜o゜)w

当時としてはスリリングで面白かっただろうなぁ(^^)

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2009年3月14日 (土曜日)

晴れ善し、雨もまた善し

羽田に到着。

今朝は日本列島大荒れで、フライトにも影響ありそうですね

ラウンジから外を見ると、東京湾も波立っています(・_・;

『晴れ善し、雨もまた善し』

この言葉は、頭山満先生の言葉。

ウチの欄間に掲げてあった書に書いてあったもの。

子供の頃は誰が書いたかも判らず、何と書いてあるかも判らず

罰当たりにも、その黒い墨の部分をめがけてビー玉を投げてました(^_^;

父は全く頓着のない人で、

後に家を改築する時にその棟梁が何としても欲しいというので

差し上げてしまいましたが、その時はじめて書の意味と落款を

確認したのでした。

明治の頃に、影に日向に日本という国の将来を慮り、活躍を

されたことは、今では伝説にさえなっていますが、

そんな中、憲兵の手入れがあるという情報を得ると、その当時

六本木に住んでいた高尾の家まで隠れに来た事もあるそうで

その折に揮毫された書がゾロゾロ出てきたのにはビックリした

覚えがあります。

この書の意は、

「どんな状況でもそれで善しと思え。今を受け入れ、うろたえるな」

ということ。

いまでも、私の座右にその書が浮かんできます。

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2008年9月17日 (水曜日)

中山記念堂

行ってきました、中山記念堂。朝、歩くこと一時間、いまだに孫文先生は広州人に人気があるらしく、小高い丘の上に建つ記念碑には大勢の人が登ってきていました。
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先生が亡くなったとき、日本から駆け付けて棺を担いだのが、頭山先生と犬養先生だったのです。
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2008年1月17日 (木曜日)

守護神

さて、昨夜はほとんど一睡も出来ず、ベッドの上でノタウチ
回っていましたが、今日は佐賀に行く約束だったので、顔を
出してまいりました。博多から電車に揺られて1時間。まだ
目眩がするのをジッとこらえての往復でした(*_*;

帰ってくるとちょうどメールが入ってきました。
私にとっては、最高のご褒美というか、生きる場所が得心
できて、とても嬉しいのです(^o^)丿

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『ガブリエル』:先生、ブログにおひげの方、いるじゃない!

  先生、分かってたんですか。やぎ髭のおじいさん。

  この人ですね(^^)

『私』:えー?いつのもの?

『ガブリエル』:2006年1月30日です。

  たまたま、間違っておして出た場面です!

  たくさん、写ってる向かって右がわのやぎ髭のおじいさん。

『私』:ビックリ!

  彼は頭山満先生と言って、明治から昭和にかけて日本で

  活躍したフィクサー。真ん中にいるのは孫文ですね。

  ウチの高尾家は頭山先生に随分お世話になったようで、私

  の満という名前のルーツも彼から。彼が私の守護なのかな?

『ガブリエル』:そうなんだぁ!

  先生、気がつかなかったんですかぁ(^_^;)

  先生に何かさせようとしてますよ…。

  このおじいさん、怖いですよ(ーー;)

  先生を守ってるというか、何か導くつもり。

『私』:だってこの人がいたから当時の日本は救われたんだ

  もの。今生の私の役割がそれと同等の事ならばヤリガイが

  あるねぇ!腕が疼きます(^O^)

『ガブリエル』:なるほどね!今がその時と同じ状態の変化の

  時期に入るから、先生の所にきて張り切ってるんですね!

  先生はやはり、大役があるみたいですね!

  みんなの為に頑張ってください(^0^)/

『私』:楽しみです

『ガブリエル』:先生、すっごい自覚したでしょ、波動が

  変わった!高くなった。でもおひげの方が誰か分かって

  よかった!ずっと気になってたんです。

  とても喜んでましたよ(^^)。先生に知ってほしかったんですね。

  でも、気をつけてください、大変な人ですよ(^_^;)。

  昨日も、絶対!おひげの方が、先生のお腹を刀でさしたん

  ですよ、そうに決まってる(ーー;)。ちょっと変わった方ですね。

『私』:戦前の総理大臣は彼の影響で決まることも多かったみ

  たい。515事件で軍部に殺された犬養先生もその一人。

  彼が生きていれば太平洋戦争はなかった。ただ、歴史は必

  要必然。起こったことを取り返せるわけではない。

  いまの時代、今年からの変化は来年一つのピークを迎え、

  既存概念は打破される。常識が非常識になる。

  それほどの変化の時代に今、差し掛かっている。その時代に

  我々がなにをするか?

  私が毎日お祈りのなかで言う言葉。

  「我に知恵と勇気と力を与えたまえ。我がどこでだれと何をする

  のかを導きたまえ。」

  この言葉が言霊として伝わっていくようです。

『ガブリエル』:やっぱり(ーー;)

  そんな大変なおじいちゃんなんだぁ。

  先生なんか変わっちゃいましたね…(*_*)。

  私はおひげの方から開放されて、ホッとしてます。

  私はガブリエル、警鐘をならすだけ。

  先生、あとは任せます。頑張って下さいm(__)m

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と、いう感じのやり取りでした。
まさか、いま、頭山先生のお名前が出てくるなど思いもよらず、
始めは心底ビックリしましたが、昨日の言葉、「心してかかれ」
という意味が理解できた気がします。
昨日、今日のやり取りで私の目線が全く変わってしまったのを
確信しています。五里霧中の世界からパーッと霧が晴れてしま
ったような。
小学生の頃に始めて聞いた頭山先生の存在の理由がわかっ
たのです。常に念じていた「どこで、誰と、何を」という目線を、
いま、ハッキリと確信出来ました。
これからの私の行動がますます楽しみです。そして、私に連な
るご縁のある人達も重要な役割を握っているのですから。
もうひとつの合言葉、「我々は活躍するんだ」という答えをみな
さんが見つけられますように(^o^)丿

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2006年1月30日 (月曜日)

頭山満先生 生誕150周年祭・・・2

Touyama 頭山満先生 生誕150周年祭・・・2

以前お知らせしましたように頭山満先生の生誕150周年祭が2月17日に明治記念館で開催されます。発起人には石原慎太郎東京都知事、瀬島龍三氏、他280名余の方々が名を連ね150年たった今も先生の人気を博している様子が伺えます。

満月斎でもよくお話しするのですが、今生、日本に生まれた目的を見つけて、それに向けて日々生きることができることこそ生き甲斐というもの。100年以上も前に生きた人々が同じことを思い、日々邁進されたいたことを思うとすべて起こることは必要なことと理解できるようになります。

事務局の方から「色々な方に伝えて欲しい」と言うメッセージを頂きましたのでここにご紹介します。お時間があれば皆さんもご参加下さい。

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2005年12月31日 (土曜日)

頭山満 先生 生誕150周年祭

Cimg28231 突然ですが、頭山満先生生誕150周年祭の発起人を承りました。頭山先生とは知る人ぞ知る明治・大正・昭和を生き抜いた、とてつもない方。先生については誤解されてしまう場合も多いので詳しくは語りませんが、私の曽祖父が大変お世話になり、当時東京では数少ない製氷工場が経営できたのも先生のご縁と聞いています。今は壊してしまいましたが旧家には先生の書かれた書があちこちにありました。その当時我家は今の六本木交差点を少し下ったところにあり、よく先生が遊びにこられ、揮毫下さったとのこと。

知らないということは本当に怖いこと。私の父親は当時のことを子供心には覚えていたようですが、先生の政治的背景や影響力などは露知らず、家にあった書画なども埃にまみれていました。私たちも当然その書画に対しての教えがあろうはずもありません。幼稚園の頃、当時広間に飾ってあった額、『晴れよし雨もまたよし 立雲』と書かれたものでしたが、私のビー玉投げの的になっておりました(本当にごめんなさい<m(__)m>。私が中学生のある時、出入りの工務店の社長が「この額、ボロボロだからくれないか?」とおっしゃるので父親はホイホイとあげてしまったのです。その頃の私はその意味がなかなか理解できず、「ふーん、あんなボロボロになった額を何で欲しがるんだろう?」とぐらいにしか思いませんでした。今思えば、彼はそれをわかって貰いに来たんでしょうね。今、残っている書は数枚になってしまいました。

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実は『満月斎』の『満』は私の本名であり、すなわち先生から御名を頂いているのです。

2006年2月17日明治記念館で執り行われるそうです。お祝い申し上げます。

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