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2008年1月22日 (火曜日)

死生観

さて、最近の内観的メッセージも佳境に入ってきたようです。

今日は「死」ということに対しての考査をします。

人の本質は意識体としての魂。この存在は永遠不滅。

永遠不滅とはどういうことかと、ずっと生き続けるということ。

地球上で死んでもそれはあくまでも肉体の死であり、意識体

としての魂は宇宙の中で生き続けます。

今生の我々は、地球という星と、そこに住む親を選んで生

まれ、地球上では肉体という言ってみれば地球服をまとっ

て生活をします。しかしながらこの地球服、大切に扱えば

100年も持つのだけど、タマには初期不良品もあるし、着古

していけば、ほつれてきたりします。その服をその状態で選

んだのは自分です。それでいいと納得して着込んで生まれて

来ました。すなわち、容姿や能力、性格、才能他、自らの地

球上における肉体にかかわるすべての状態は自分が設定

して生れてくるわけです。そして、生れてからの計画をその

通りに実現させるべく、様々な挑戦と努力をしながら生きて

いく。そしていずれ寿命が来ると、「死」を迎えるわけですが、

地球上における「死」とは、それまで来ていた地球服を脱い

で宇宙に帰るということに過ぎない。ということは、「死」とは

あくまでも意識体としての魂が成長する通過点に過ぎないと

いうこと。存在が消えてなくなるということではないのです。

だからこそ、今生での出来事に逃げてはいけないし、努力

が必要。ということは、意識体として宇宙に帰れば努力した

くても出来ないし成長したくても出来ない。地球上において

肉体をまとうことで急速に成長することが出来る。だから

みんな地球に生れたがるのです。今は順番待ちだそうです。

もう少し言うと、今生の生き方で人が経験しなくてもいいよう

な重い経験やハンディを負う生活をするということは、よほど

の価値がある意識体であるということですね。それは決して

不公平ではなく、自分にしか出来ない経験をすることで魂を

磨き、益々成長できるとても価値ある魂の持ち主であるとい

うこと。だから逃げずに真正面から突き進んでいくことが、今

生の道なのです。このブログに来ている方の中には、そのよ

うな方を数多くお見受けします。いま、このブログを読むことで

心がスッキリした、得心した、と思っていただければ、幸いです。

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