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2006年12月 8日 (金曜日)

心経

心経では全ては無であり空であると説く。では、人はなぜ生まれてくるのか?私はなぜ生まれたのか。新しい車を見れば、かっこいいなあ、欲しいなあと思い、綺麗な家を見れば欲しいなあ、住みたいなあと思い、金がなくなればどうしよう、困ったなあと思い、腹がすけばお腹すいたあ(>_<)、となる。これこそ煩悩の固まり、全くもって「無」など何処にありようか。でも思うにそれが生きるということではないだろうか。目の前に起こることをそのまま受け入れて、かつ、夢を持って生きていく。否定をせず、腐らず、批判せず、怒らず、恐れず、悲しまず、生きていくこと。そして、夢を持ち、希望を持ち、常に上に向かって努力し続けること、この努力こそが今生の必要な生き様。その努力を誰と何処で何をするのか。その基準こそが人それぞれ持って生まれた違いなのではないか? 有名になったり、大金持ちになったり、大会社を作り上げたりした成果はあくまでも努力の結果に過ぎない。その結果だけを追い求めようとするから近道はないものかとズッコイことを考えたり手を抜いたりする。そうではなくて、大切なことは夢や希望をビジョンとして持ったらそれを実現するために努力することのみが必要なことと思い知れば、慌てる事もなく急ぐこともなく日々を冷静に過ごすことができるのではないだろうか?

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