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2006年8月24日 (木曜日)

洗練

人が生きる場所は、自分の好きなこと、興味のあること、得意なことを基準に考えるに尽きる。今、生きている場所でその感覚を感じられないのであれば探して作り出すことだ。それさえもできないのなら、新たな道をこの三項目を基準に見つけることである。

そして、その道が見つかったらやり続けることだ。これをやり続けたら、どうなりたいかというビジョンをおぼろげながらでもよいから持ち続けて。最初は拙くても好きなことであればやり続けられるはず。せめて3年、石の上にも3年、これが基本。仕事にしても、勉強にしても、趣味にしても、恋愛にしても、始めたら何はともあれ3年続けること。当然その間、いろいろなことがある。やめてしまいたくなる事や、投げ出したくなることなんてしょっちゅうあったりする。でも続けること。なぜか。それこそがご縁だから。自分が生まれる前に計画してそのタイミングで経験させてくれたご縁だから。

そして、3年続けると一つの光が見える。それが見えたらしめたもの。それに費やした時間が自分のものになり始めている証拠。

そうしたら、5年続ける。5年目でまた新たな光が見える。

そうしたら、7年続ける。7年目でまた新たな光が見える。

そうしたら、10年続ける。10年目でまた新たな光が見える。

そうしたら、15年続ける。15年目でやっと洗練される。その生きている世界で頭が一つ出る。自分の土俵が見える。このサイクルを生きている限り何パターン作り出し、何サイクルするか。結果ではなくその努力こそが評価される。結果としての成功や失敗で評価されるわけではない。成功こそ試練。目指し続けた目標に向かって努力し続けたその挑戦に対することだけが評価される。誰に評価されるかって?今生を終えるときに、自分の中にいる「神様」にである。だから嘘はつけないのだ。逃げたことは自分が覚えている。だから逃げてはいけない。一歩進めることだ。その一歩を進めた勇気こそが評価の対象である。その一歩を何回進めることができるか。それこそが評価の対象なのである。

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