« 脳内テレビ | トップページ | ソフト産業 »

2006年3月25日 (土曜日)

ツインソウル

Twin ついに出ました。飯田先生究極の一冊「ツインソウル」。ツインソウルといっても恋愛本ではなく、その根底となっているのは、何故我々は生まれてきたのか?ということの回答であり、自らが「死」を経験する事で、今までの論理を事実として証明してしまった書。これ以上の納得はありません!!

・・・私の魂は同時にあらゆる存在と『つながって』いた。

魂の世界に戻ると、我々が物質世界で行っている物理的行為など全く興味がない。誰かに見られているんじゃないかとか、他人の目で評価される心配など一切無用。煩悩や欲望はこの物質世界で生きるときのみ。向こうの世界では、怒り、憎しみ、嫉妬、嫌悪という感情が、愛、正義、使命感に取って代わる。人間社会で成すべきことは、自らが充分に学ぶ事に努力し、自分を愛し人を愛する事に努力し、自らの使命感を果たす事に努力するのみ。いわゆる人間社会で言うところの「成功」に価値はない。努力した結果としての成功、成果、地位、名誉、お金、財産が評価される事はないのである。学び、愛し、使命を果たそうと努力したならば、その結果として社会的に成功したかどうかに関わらず、その努力こそが望ましい人生なのである。たとえ、人間社会で成功したとしてもそこに学び、愛し、使命を果たそうと努力したのでなければ、それは望ましくない人生である。働く目的も同じ。充分に学び、愛し、使命を果たすため。その結果は一切気にする必要はない。結果がうまくいかずに空しいと思う事からでも学ぶ事ができる。すべての事象、あらゆる経験は学びのためにある。

真の成功とは自分自身が学び、愛し、使命を果たそうとして充分に努力していると自己評価できること。人生を終え、宇宙の子として戻るときには誰もがみな同じく完璧に謙虚になる。宇宙と呼ぶものを理屈で理解しようとしても無理。

人間社会において、歴史的な発明、発見の大半は直感においてひらめいたものをあとから理論付けたもの。ひらめくとは、『光』の次元に意識をつなげること。物質世界で生きる人間には、人生の真理を論理的に理解し、言葉で表現することは不可能。非論理的に感覚の上で理解するのみ。直感以上に心の奥ではすべて理解している。理解するのではなく思い出すもの。

死ぬこと、すなわち向こうの次元に戻ることができるのは自分の意思で死を選び取った魂のみ。そこで『生』を選び取った魂は元の肉体へと戻っていく。宇宙とは自分であり、自分の中に存在するものである。神仏も同じ、自らの中にある。人間はみな魂が神仏とつながっており、人はその一部であるという事。神仏と対話するという事は、自分自身の中にある本当の自分と対話しているのだ。人が生きるうえで必要な真理は太古から存在する言葉や教えの中にあり、真新しいものではなく、さまざまな教えの相違を指摘するものでもなく、そこに共通する原理を見つけること。

人は世のため人のために生きるにあらず。自分のために生きること。人生とは山を登るようなもの。それぞれの人によって登る山が違う。高い山、低い山、なだらかな山、険しい山、どの山に登るかは、それぞれの魂の自由。大回りしても良いし、一直線に登るのもよい。どのような山をいかなる登り方をしようとも、登り終えたときの価値に差はない。その選んだ山は、自分に最も適した山である。真理というものはきわめて単純かつ純粋。おのれの魂がこの人生を生きることを選んだのである。自分のために自分の選んだ山を自分のペースで登る事によって、その過程そのものが、世のため人のためになっている。

人生の目的とは、自分の成長のために自分なりの学びを積む価値ある人生を生きようと考えるだけで、世のため人のために生きることになるのである。自分自身を愛して生きる事によって、他の人々をも苦もなく愛せるようになるのだ。我々の魂は、物質世界で人間として生きる人生を自分自身で計画した上で自分が選んだ肉体につながっていく。そして、その肉体と同化し、その肉体の脳を操作しながら、『人生という学びの機会を過ごしていく』

自ら予定した、順調な学びを強制的かつ自動的にかき乱す仕組みをわざと自らの内部に埋め込んでおく人々もいる。その想定外の混乱を通じた極限の学びを自らに強いるのである。それまで、一定レベルの学びを積んだ魂の人生において、このような想定外の試練を生じる事によって学ぶのである。それほどの試練に直面した魂は誇りを持って立ち向かうべきである。

人が成すべきこととは、いかなる試練が生じたとしても耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、泣きたければ泣き、すがりたければすがりながら、果敢に挑戦し、地道な努力によって乗り越えていく事である。人は生きるうえで、誇り高く生きること。自信を決して無くさないことである。また、祈りの力を信じる事である。祈る事で、まぶしい光の次元に魂をつなげること。そうすれば、傷ついた魂に立ち上がって歩き出すためのエネルギーが送られる。祈る事で、より高い波調の次元につながることが出来るのだ。

・・・以上が、読んでいて感じ入った言葉である。何度も何度も同じ言葉のシャワーによって読む側の心にどんどん入ってくる手法はここに極まった感じである。

ぜひ皆さんも読んでみていただきたい一書である。

|

« 脳内テレビ | トップページ | ソフト産業 »